学校法務の研究室

弁護士法人小國法律事務所の公式ブログです。
労働法、私立学校法、学校教育法の話題をつぶやいています。

大学非常勤講師の残業代

首都圏の私立大学に対して、非常勤講師の賃金不払いがあったとして、労基署が是正勧告を行ったという報道がありました。
あくまで報道ベースですが、大学側は、不払いの理由を「授業時間の給与に含まれるため」と説明したとのことです。

さて、大学の非常勤講師の時間外労働は、どう考えればよいでしょうか。
定説はないのですが、いくつかの考え方があり得ます。

 問:授業時間以外に教材作成などをしたら、法的にどうなる?
 A説:全て残業代の対象となる
 B説:授業時間の給与に含まれるので、追加の賃金は不要
 C説:大学から具体的に指示を受けた業務のみ、残業代の対象となる

A説はシンプルですね。
所定労働時間=授業時間とすると、授業時間以外は全て残業代の対象というものです。
ただ、大学非常勤講師の給与の時間単価(5,000円を超えることも多い)を考えると、違和感がないわけではありません。
教材作成等が全て残業代の対象になるなら、私だったら、とにかく時間をかけて教材を作って、たくさん残業代を稼ごうとするでしょうね。

B説は、多くの大学の実務感覚だと思います。
ただ、一般的に、残業代は「時間単価×労働時間」で計算するので、若干の説明が必要です。
前提として、法内超勤(所定労働時間を超えるが、法定労働時間に収まる労働)に対する給与の有無・金額は、就業規則・給与規程や個別契約で決められることが原則です。最低賃金法等の強行法規に反しない限り、労基法等の法令は関知しません。
例えば、1日の所定労働時間を7.25時間とし、7.25時間を超え8時間までの法内超勤に対する残業代を支払わない旨の就業規則は、当然に無効となるとはいえないとした裁判例があります(東京高裁平成29年10月18日判決・労働判例1176号18頁)。
この裁判例の論理がどの程度一般化できるか議論の分かれるところですが、労基法の解釈としては、あり得る答えの一つでしょう。

C説は、労基法上の「労働時間」の定義に則していますし、私のような人間が青天井で残業代を稼ぐことも防げます。
ただ、現実の大学非常勤講師の働き方に適しているかというと、微妙なところです。
逐一、「何曜日の何時から何時まで教材を作成せよ」と指示されるのを嫌がる人も多いと思いますし。


ということで、どの説もそれなりに根拠があるのですが、いずれも一長一短あり、決定打に欠けるところです。
そもそも、労基法って、大学の非常勤講師のような働き方を想定していないんですよね。
労基法をそのまま適用する限り、唯一の正解を導き出すことは難しそうです。


ちなみに、労働契約に基づいて発生した賃金を支払わないことは、労基法24条違反で労基署の是正勧告等の対象になりますが、
賃金が発生したかどうか自体に争いがある場合、民事訴訟を提起して裁判所に決めてもらわないといけません。

報道の事例では、話し合いで解決できなければ、非常勤講師の方から未払賃金請求訴訟を提起するか、あるいは学校法人の方から未払賃金不存在確認請求訴訟を提起することも想定されます。


執筆:弁護士 小國隆輔

所轄庁の調査権限

和歌山県の私立高校で、教職員が授業をボイコットするストライキを行った、給与の未払いがあった、という報道が続いています。
また、学校法人の所轄庁である静岡県と和歌山県が共同で立ち入り調査を行ったという報道もありました。

普段、私学に対する所轄庁の調査権限を意識することは、あまりないと思います。
ということで、ちょっと整理してみましょう。

まず、私立学校と学校法人の所轄庁は、次のとおりです。(私立学校法4条)

◇私立学校の所轄庁
 ① 私立大学(短期大学を含む)、私立高等専門学校・・・文部科学大臣
 ② 上記以外の私立学校、私立専修学校、私立各種学校・・・都道府県知事
 ③ 幼保連携型認定こども園のうち、指定都市又は中核市の区域内にある
  もの・・・指定都市又は中核市の市長
 ④ 学校法人以外の者が設置する幼稚園・・・都道府県知事

◇学校法人の所轄庁
 ① 私立大学(短期大学を含む)又は私立高等専門学校を設置する学校
  法人・・・文部科学大臣
 ② 上記以外の私立学校のみを設置する学校法人(私立専修学校、私立各種
  学校を設置するものを含む)・・・都道府県知事
 ③ 準学校法人(専修学校又は各種学校のみ設置する法人)・・・都道府県知事

お気づきのとおり、個々の設置校の所轄庁と、法人の所轄庁は、必ずしも一致しません。
例えば、東京都にある学校法人が、大阪府に私立高校を設置していると、学校法人の所轄庁は東京都知事、私立高校の所轄庁は大阪府知事、ということもあり得ます。


次に、所轄庁の調査権限です。
大きく分けて、私立学校法に基づくものと、私立学校振興助成法(以下、「助成法」といいます。)に基づくものがあります。

私立学校法63条は、所轄庁は、同法の施行に必要な範囲で、学校法人に対し、業務若しくは財産の状況の報告をさせること、学校法人の事務所等に立ち入って帳簿・書類等の検査をすることができると定めています。この立入検査の権限を、犯罪捜査のために用いることはできません。

助成法は、私学助成を受ける学校法人にのみ適用されます。実際には、ほとんどの学校法人に適用される法律です。
助成法12条1号は、私学助成に関し必要があると認める場合においては、所轄庁は、学校法人に対して、業務又は会計の状況に関する報告の徴求、学校法人の職員への質問、帳簿・書類その他の物件の検査を行うことができると定めています。


報道されている私立高校の事案では、学校法人は静岡県、私立高校は和歌山県にあるようです。
したがって、学校法人の所轄庁は静岡県知事、私立高校の所轄庁は和歌山県知事です。

静岡県が、私立学校法に基づいて学校法人の立入調査を行うことはわかりやすいのですが、和歌山県がどのような法的根拠で立入調査に加わったのか、報道ではよくわかりません。
あり得るとしたら、和歌山県に所在する私立高校に対する調査の一環で、学校法人の本部に立入調査をするという構成でしょうか。
ただ、私立高校の所轄庁(都道府県知事)が、他の都道府県に所在する学校法人の本部に立入調査を実施できるというのは、少々違和感を抱きます。
私立学校法63条がこのような立入調査を想定しているのか、条文の文言からはよくわかりません。
少なくとも明示的に禁じられてはいないのですが、罰則付きの調査権限ですから(私立学校法66条12号)、抑制的に行使されるべきような気もします。


執筆:弁護士 小國隆輔

倉庫

当事務所で作成した資料、出版書籍などの物置です。


下記の3つの資料は、事務所ウェブサイトにも掲載しています。
無償で行う場合に限り、複製・配付について著作権者の許諾は不要としています。

◇私立学校法改正(令和3年3月1日施行)解説冊子

◇補償契約書(ひな形)

◇寄附行為作成例改正(令和3年6月25日付け通知)解説冊子


下記の書籍は、当事務所所属弁護士が執筆した書籍、または執筆に参加した書籍です。

学校と教師のための労働相談Q&A41
神内聡=小國隆輔=坂本順子 編著
日本加除出版
2022-12-12







◇実務者のための人事・労務 書式集(私学労務研究会)

◇令和元年改正 私立学校法への対応―実務者のための解説書―(私学労務研究会)

◇自治体法律顧問シリーズ Q&A 地方公務員のための法律相談室(ぎょうせい)

有期雇用労働者特措法

労働契約法18条1項の無期転換ルールには、2015年(平成27年)にも例外規定が追加されました。

根拠法は、同年4月1日施行の、「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法」です(以下、「特措法」といいます)。

特措法は、次の2つの例外を定めています。
  ◇高度専門職ルール(特措法8条1項)
   →特定の長期プロジェクトに従事する高度専門職者は、そのプロジェクトに
    従事している間は、最長10年間、無期転換が生じない
  ◇定年後再雇用者ルール(特措法8条2項)
   →定年退職後再雇用者は、無期転換が生じない。

まず、高度専門職ルールから見ていきましょう。
このルールを適用されるためには、大要、次の要件を満たす必要があります。
  ・専門的知識、技術又は経験を持ち、その知識等を必要とする長期プロジェクトに
   従事すること
   →具体的には、博士号所持者、公認会計士・医師・歯科医師・獣医師・弁護士・
    一級建築士等の資格所持者、特許発明者など、厚生労働大臣が定める基準に
    該当する者(平成27年3月18日厚生労働省告示第67号)
  ・1年あたりの賃金額が1075万円以上であること(特措法施行規則1条)
  ・特措法に基づいて「第一種計画」を定めて、厚生労働大臣の認定を受ける
   こと(特措法4条)
  ・その労働者を、第一種計画の対象としていること

・・・何というか、これ誰が使うの? というぐらい、ハードルの高い例外規定です。
5年を超えるような長期プロジェクトなんてそう頻繁に立ち上がるものではないですし、年収1075万円以上という金額も厳しい要件です。

当事務所でも、高度専門職ルールに関するご相談はとても少なく、使い勝手の良い制度とはいえないようです。


次に、定年後再雇用者ルールです。
こちらは、私学に限らず、民間企業でも広く利用されています。

前提として、定年に関するルールをおさらいしておきましょう。
根拠法は、高年齢者雇用安定法8条~9条です。
  ・定年の年齢は、60歳を下回ってはいけない。
  ・事業者は、60歳から65歳までの雇用確保措置を講じなければならない。
  ・雇用確保措置は、①定年年齢の引き上げ、②継続雇用制度、③定年制の廃止の
   中から選ばなければならない。

実務的には、60歳定年を維持したうえで、65歳まで有期労働契約を締結・更新する継続雇用制度が主流です。
それはいいのですが、65歳を過ぎてからも有期労働契約で働きたい・働いてほしいという事例は、珍しくありません。
もし、60歳から有期労働契約を締結・更新し、65歳を超えても更新し続けると、労働契約法18条1項による無期転換が生じてしまいます。
定年後再雇用者ルールは、このような事態が起きないように設けられた例外規定です。
(そんなことは2013年時点でわかってたんだから、無期転換の立法化と同時に対応しておくべきだったと思うのですが…。)

定年後再雇用者ルールを利用するには、大要、次の要件を満たす必要があります。
  ・定年後再雇用者の特性に応じた雇用管理に関する措置についての
   計画(第二種計画)を作成し、厚生労働大臣の認定を受けること
  ・定年退職した後、同じ事業主(グループ企業等も可)と有期労働契約を
   締結していること
  ・その労働者を、第二種計画の対象としていること

気を付けたいのは、定年後再雇用者ルールを利用できるのは、高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用制度によって、有期労働契約を締結した者だけ、という点です。

定年以外の理由で退職した場合や、他の会社等を定年退職した後、別の会社等で有期労働契約を締結した場合は、原則どおり、通算契約期間が5年を超えると無期転換を生じます。

例えば、次のような事例では、定年後再雇用者ルールを適用することはできません。
  ・公立学校を定年退職した元校長を、私立高校の校長として
   有期労働契約で採用した場合
  ・国立大学を定年退職した元教授を、私立大学の特任教授として
   有期労働契約で採用した場合
  ・早期退職制度に応募して退職した職員を、同じ学校法人が、
   有期労働契約で採用した場合


労働契約法18条1項の無期転換ルールに対する例外規定のお話は、ここまでです。

ところで、労働契約法18条1項は、2013年(平成25年)4月1日に施行されました。
附則3項では、施行後8年を経過した時点で次の改正を検討する旨が定められていますが、現在のところ、附則3項に基づく改正の動きはないようです。

厚生労働省はとても忙しい役所ですし、働き方改革法やらコロナ対応やらで、それどころではなかったんでしょうね…。


執筆:弁護士 小國隆輔

「研究者」とは何か

前回に引き続き、労働契約法18条1項の例外規定について考えてみます。

今回は、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(以下、「イノベ法」といいます。)15条の2の例外規定です。

2014年4月1日に施行された規定ですが、当時は、「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律」というやたらと長い名前の法律でした。

現在でも、やたらと長い名前の法律の記載が、学内の規程や契約書のひな形に残っているのを、ときどき見かけます。
放っておいても別に困ることはないですが、あまり美しくないので、早めに修正しておきましょう。

さて、イノベ法15条の2の例外規定も、任期法7条と同様に、次のような法律効果を定めています。(大雑把にまとめたものなので、詳細は法文を確認してください。)
  (1) 大学の研究者等は、無期転換に必要な通算契約期間を、「5年超」では
   なく「10年超」とする。
  (2) 大学在学中に、大学設置者等との間で有期労働契約を締結していた場合、
   在学中の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

イノベ法15条の2第1項によると、例外規定が適用されるには、次の①と②の両方を満たす必要があります。
  ①次のどちらかと有期労働契約を締結していること
   ・研究開発法人又は大学等の設置者
   ・研究開発法人又は大学等の設置者と共同研究開発等を行っている者
  ②次のいずれかに該当すること
   ・科学技術に関する研究者又は技術者
   ・科学技術に関する研究者又は技術者の補助者
   ・リサーチアドミニストレーター

問題となるのは、例外規定が適用される「研究者」の範囲です。
大きく分けて、次の2つの考え方があり得ます。
  A説:有期労働契約に基づいて、その勤務先で、研究業務に従事する者を指す
  B説:その勤務先に限らず、研究者として生活している者を指す

どこぞの大学の専任教員が、他の大学で非常勤講師をしている事例で考えると、わかりやすいかもしれません。

例えば、甲大学で研究をしている某教授が、乙大学で非常勤講師として有期労働契約を締結し、乙大学では授業の業務にのみ従事している(=乙大学では研究をしていない)としましょう。

A説によれば、某教授は乙大学の「研究者」ではないので、イノベ法15条の2は適用されません。
したがって、乙大学での通算契約期間が5年を超えると、無期転換権が発生します。

これに対し、B説によると、某教授は日本中どこへ行っても「研究者」ですから、乙大学との有期労働契約にもイノベ法15条の2が適用されます。
したがって、乙大学で無期転換をするためには、通算契約期間が10年を超える必要があります。


昨年12月に、学校法人専修大学事件判決(東京地裁令和3年12月16日判決・労働判例1259号41頁)が、私立大学の非常勤講師に関する事案で、イノベ法15条の2の「研究者」について初めて判断しました。

詳細は省きますが、東京地裁は、次のように判示してA説を採用しました。


科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究開発及びこれに関連する業務に従事している者であることを要するというべきであり、有期雇用契約を締結した者が設置する大学において研究開発及びこれに関連する業務に従事していない非常勤講師については、同号の「研究者」とすることは立法趣旨に合致しないというべきである。

要するに、その大学で研究業務に従事していなければ、イノベ法15条の2の「研究者」には当たらない、ということです。

大学の非常勤講師は、授業の業務のみ担当することが一般的で、その大学で研究業務に従事することは稀でしょう。
東京地裁判決を前提にする限り、私立大学の非常勤講師にイノベ法15条の2が適用される事例は、ほとんどなさそうです。
(ただし、この事案では控訴がされているため、東京高裁の判決を待たなければなりません。)


なお、上記の専修大学事件判決は、イノベ法15条の2に関して判断したものであり、任期法7条の例外規定について述べたものではありません。

大学の非常勤講師が無期転換するために必要な通算契約期間が5年か10年かを判断するには、任期法7条の適用の有無も検討しなければならないので、要注意です。


執筆:弁護士 小國隆輔
事務所紹介
名称    :弁護士法人小國法律事務所
事務所HP:http://www.oguni-law.jp/
大阪弁護士会所属
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