前回に引き続き、労働契約法18条1項の例外規定について考えてみます。

今回は、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(以下、「イノベ法」といいます。)15条の2の例外規定です。

2014年4月1日に施行された規定ですが、当時は、「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律」というやたらと長い名前の法律でした。

現在でも、やたらと長い名前の法律の記載が、学内の規程や契約書のひな形に残っているのを、ときどき見かけます。
放っておいても別に困ることはないですが、あまり美しくないので、早めに修正しておきましょう。

さて、イノベ法15条の2の例外規定も、任期法7条と同様に、次のような法律効果を定めています。(大雑把にまとめたものなので、詳細は法文を確認してください。)
  (1) 大学の研究者等は、無期転換に必要な通算契約期間を、「5年超」では
   なく「10年超」とする。
  (2) 大学在学中に、大学設置者等との間で有期労働契約を締結していた場合、
   在学中の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

イノベ法15条の2第1項によると、例外規定が適用されるには、次の①と②の両方を満たす必要があります。
  ①次のどちらかと有期労働契約を締結していること
   ・研究開発法人又は大学等の設置者
   ・研究開発法人又は大学等の設置者と共同研究開発等を行っている者
  ②次のいずれかに該当すること
   ・科学技術に関する研究者又は技術者
   ・科学技術に関する研究者又は技術者の補助者
   ・リサーチアドミニストレーター

問題となるのは、例外規定が適用される「研究者」の範囲です。
大きく分けて、次の2つの考え方があり得ます。
  A説:有期労働契約に基づいて、その勤務先で、研究業務に従事する者を指す
  B説:その勤務先に限らず、研究者として生活している者を指す

どこぞの大学の専任教員が、他の大学で非常勤講師をしている事例で考えると、わかりやすいかもしれません。

例えば、甲大学で研究をしている某教授が、乙大学で非常勤講師として有期労働契約を締結し、乙大学では授業の業務にのみ従事している(=乙大学では研究をしていない)としましょう。

A説によれば、某教授は乙大学の「研究者」ではないので、イノベ法15条の2は適用されません。
したがって、乙大学での通算契約期間が5年を超えると、無期転換権が発生します。

これに対し、B説によると、某教授は日本中どこへ行っても「研究者」ですから、乙大学との有期労働契約にもイノベ法15条の2が適用されます。
したがって、乙大学で無期転換をするためには、通算契約期間が10年を超える必要があります。


昨年12月に、学校法人専修大学事件判決(東京地裁令和3年12月16日判決・労働判例1259号41頁)が、私立大学の非常勤講師に関する事案で、イノベ法15条の2の「研究者」について初めて判断しました。

詳細は省きますが、東京地裁は、次のように判示してA説を採用しました。


科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」というには、研究開発法人又は有期労働契約を締結した者が設置する大学等において、研究開発及びこれに関連する業務に従事している者であることを要するというべきであり、有期雇用契約を締結した者が設置する大学において研究開発及びこれに関連する業務に従事していない非常勤講師については、同号の「研究者」とすることは立法趣旨に合致しないというべきである。

要するに、その大学で研究業務に従事していなければ、イノベ法15条の2の「研究者」には当たらない、ということです。

大学の非常勤講師は、授業の業務のみ担当することが一般的で、その大学で研究業務に従事することは稀でしょう。
東京地裁判決を前提にする限り、私立大学の非常勤講師にイノベ法15条の2が適用される事例は、ほとんどなさそうです。
(ただし、この事案では控訴がされているため、東京高裁の判決を待たなければなりません。)


なお、上記の専修大学事件判決は、イノベ法15条の2に関して判断したものであり、任期法7条の例外規定について述べたものではありません。

大学の非常勤講師が無期転換するために必要な通算契約期間が5年か10年かを判断するには、任期法7条の適用の有無も検討しなければならないので、要注意です。


執筆:弁護士 小國隆輔