学校法務の研究室

弁護士法人小國法律事務所の公式ブログです。
労働法、私立学校法、学校教育法の話題をつぶやいています。

労務管理

定年後再雇用と同一労働・同一賃金(最高裁R5.7.20判決)

本日は、定年退職後再雇用者の労働条件と、同一労働・同一賃金のお話です。
7月20日に最高裁判決が出て、そこそこのサイズ感で報道されたやつですね。

まず、世間で “同一労働・同一賃金” と呼ばれている条文(パート有期法8条)の確認です。昔は、労働契約法20条に同じような条文がありました。

(不合理な待遇の禁止)
第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。


ややこしい条文ですが、ざっくり言うと、非正規雇用(有期雇用又は短時間勤務)の人の労働条件が、正社員と比べて、不合理なほど低くなっていてはいけない、というルールです。
詳しく話すと長くなるので、詳しい話はまたの機会に。


で、名古屋の自動車学校で “同一労働・同一賃金” 違反が争われたのが、7月20日の最高裁判決です。
ざっくりいうと、次のような事案です。
  ・正社員として定年まで勤めた従業員が、定年退職後、有期労働契約で
   再雇用されていた
  ・再雇用者の基本給がすごく低かった
  ・ “同一労働・同一賃金” のルールに違反して違法だとして、再雇用者が
   会社を訴えた

この事案の地裁・高裁判決は、原告側の主張を認めて、再雇用者の基本給が定年退職前の基本給の60%を下回ると、違法になるという判断をしました。
そこそこのサイズ感で報道され、著名な法学者が画期的な判決だと評したこともあり、実務にもそこそこのインパクトがありました。

ただ、地裁・高裁判決は、なぜ60%で線を引くのか根拠を示していないうえに、他の正社員の労働条件と比較するのではなく、定年前の自分の労働条件と比較するという論理的誤りを犯していました。
なんというか、あまり出来のよろしくない判決だったわけですね。

で、最高裁判決は、高裁判決を取り消して、審理を高裁へ差し戻しました。
最高裁判決のポイントは、次のとおりです。
  ・有期雇用労働者の基本給や賞与に関する労働条件が正社員と異なるものである
   場合、労働契約法20条が適用されうる。
  ・その相違が不合理かどうかは、基本給及び賞与の性質やこれを支給することと
   された目的を踏まえて、不合理かどうかを評価すべきである。
  ・高裁判決は、基本給と賞与の性質や支給目的をきちんと検討していないので、
   やり直し。

要するに、高裁判決は、考慮すべき事情を考慮せずにざっくり判断しているので、もっと丁寧に審理をやり直しなさい、ということのようです。

性質や支給目的を考慮すべきという点は、H30.6.1の最高裁判決が、契約社員への諸手当(住宅手当、皆勤手当、通勤手当など)の不支給が不合理かどうかを判断する際に用いた枠組みです。
今回の最高裁判決で、この枠組みを使う範囲が、基本給や賞与にも広がったことになります。

・・・ところで、基本給や賞与の性質、支給する目的って、なんでしょうね?
特に、基本給を支給する目的って言われても、そりゃあんた基本給も払わない会社には誰も就職しないでしょ、って思うんですが…。
審理を差し戻された名古屋高裁は、どんな判断をするんでしょうね。


執筆:弁護士 小國隆輔

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トランスジェンダーとトイレの問題(最高裁R5.7.11判決)

本日は、労務管理の話題です。

経済産業省に勤務するトランスジェンダーの職員のトイレ使用について、7月11日に最高裁の判決が言い渡されました。
とても大きく報道されたので、皆さんご存じの話題と思います。

正確に理解するのが難しい判決なので、当ブログでも少し解説をしておこうと思います。

まず、最高裁判決を読むときに知っておきたい基礎知識です。

最高裁判決には、「法理判決」と「事例判決」があるといわれています。

「法理判決」とは、その裁判の具体的事案だけでなく、類似の事案についても通用する、一般的なルール(規範)を示す内容の判決です。
この「規範」のことを、法律学の通たちは、ラテン語で "ratio decidendi"(レイシオ・デシデンダイ)と呼んだりします。かっこいいですね。

最近の労働法関係の最高裁判決で「法理判決」に当たるものとして、いわゆる同一労働・同一賃金に関する判決が挙げられます(ハマキョウレックス事件、最高裁H30.6.1判決)。
いくつかの規範を示した判決なのですが、例えば、次の判示は、労働契約法20条(現パート有期法8条)の適用を主張する事案で、一般的に通用するルールを示しています。

「同条は、有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり、文言上も、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。
 そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」


この判決によって、有期契約労働者の労働条件が労働契約法20条(現パート有期法8条)に違反する場合でも正社員と同じ労働条件になることはないという点は、同条が問題となる全ての事案に共通するルールになったわけですね。

これに対して、「事例判決」は、その裁判で問題となっている事実関係を前提にした判断であり、類似の事案に共通するルール(規範)を示さない判決を指します。
全く同じ事案の訴訟があれば同じ判断になるけど、少しでも事実関係が異なればどんな判断になるかわかりませんよ、ということですね。

7月11日の最高裁判決は、「事例判決」に当たるものなので、この原告が提起したこの訴訟に限った判断であり、トランスジェンダーとトイレの問題についてのルールを示したものではありません。

今回の判決について、たくさんの方がいろいろなコメントをされていますが、判決の意味を正確に理解する前提として、「事例判決」であることを理解しておく必要があります。


前置きが長くなりましたが、7月11日判決の事実関係のポイントを見ていきましょう。

◇原告になったは、次のような方です。
 ・経済産業省の職員である
 ・生物学的な性別は男性で、戸籍上の性別も男性だが、性自認は女性で
  ある(M t F のトランスジェンダー)
 ・性同一性障害である旨の医師の診断を受けているが、健康上の理由から
  性別適合手術を受けていない。したがって、戸籍上の性別を変更することが
  できない
 ・女性ホルモンの投与を受けており、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い
  旨の医師の診断を受けている
 ・私生活でも職場でも、女性として生活している

◇経産省及び人事院がとった措置は、次のとおりです。
 ・原告の了承を得て、同じ部署の職員に対し、原告の性同一性障害について
  説明会を開いた
 ・所属する部署から2階以上離れた女子トイレの使用を認める(同じ階と
  隣の階の女子トイレの使用はできない)
 ※最高裁判決では触れられていませんが、控訴審判決からは、女子更衣室・
  女子休憩室の使用は認められていたことがうかがわれます。

◇上記説明会で、担当職員には数名の女性職員が違和感を抱いているように
 見えたのですが、明確に異を唱える職員はいませんでした。

◇2階以上離れた女子トイレの使用を4年以上続けましたが、トラブルが生じた
 ことはありませんでした。

最高裁は、こういった事情を丁寧に確認した上で、2階以上離れた女子トイレの使用しか認めない措置は、「本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。」として、違法と判断しました。


長々と書いてきましたが、今回の判決は、上記のような事情がある場合には、2階以上離れた女子トイレの使用しか認めない措置は違法だとしたものです。

例えば、国家公務員ではなく民間企業だったらどうなのか、労働者ではなく学生・生徒の事案だったらどうなのか、性別適合手術を受けられる健康状態だが自分の意思で受けていない場合はどうなのか、女性ホルモンの投与を受けていなかったらどうなのか、女子トイレの使用に明確に異を唱える女性職員がいたらどうなのか、F t M のトランスジェンダーだったらどうなのか、などの疑問については、全て謎です。

今回の最高裁判決は、トイレなどの公共施設の使用の在り方そのものについて判断した判決ではないので、少なくとも法理論的には、先例としての価値は大きくありません。
ただ、実務的には、どの組織でも起こり得る問題に対して、一石を投じる判決であることは間違いなさそうです。

判決の全文を裁判所のウェブサイトで読むことができるので、興味のある方はどうぞ。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/092191_hanrei.pdf


執筆:弁護士 小國隆輔

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給与支払いのキャッシュレス化

たまには労務管理の話題ということで、給与のキャッシュレス決済(デジタル払い)解禁のお話です。

これまでは、給与は現金払いが原則で、例外的に、本人同意があれば、預貯金口座への振込や、一定の要件を満たす証券総合口座で支払うことができるだけでした(労基法24条1項、労基法施行規則7条の2)

今年4月1日施行の労基法施行規則で、現金払い・振込払いに加えて、デジタル払いが選択肢に加わります。
ただし、デジタルの支払先は、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(なんちゃらペイの運営業者と思ってください)が運営するものに限られます。
厚生労働大臣への指定申請ができるのは4月1日以降なので、実際にデジタル払いができるようになるのは、もう少し先になるかもしれません。

給与のデジタル払いをするためには、次の要件をすべて満たす必要があります(改正労基法施行規則7条の2第3号)。
 ①厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者を利用すること。
 ②書面又は電磁的記録により、労働者本人の同意を得ること。
 ③同意を得る際に、次のイ~ヘを説明すること(ざっくり要約してます)。
  イ 給与振込先の “〇〇ペイ” の口座残高(チャージ額)の上限が、
    100万円以下になっていること
  ロ 運営業者の破綻時には、口座残高が保証される仕組みがあること
  ハ “〇〇ペイ” の不正利用等で出金されたときでも、労働者に帰責事由が
    なければ、損失額全額が補償されること
  ニ  “〇〇ペイ” を利用しなくなっても、少なくとも10年間は、利用や
    出金が可能であること
  ホ  “〇〇ペイ” への資金移動は、1円単位で行えること
  ヘ  ATMなどを使えば、“〇〇ペイ” から1円単位で引き出せること

あー、ややこしいですね。
厚生労働省から、上記の説明が適切にできるひな形が公表されているので、実務的にはこのひな形を使うのでしょう。

なお、デジタル払いについては、厚生労働省から通達が出ているので、利用するのであれば、目を通しておくとよいでしょう。

「労働基準法施行規則の一部を改正する省令の公布について」(局長通達1)(令和4年11月28日基発1128第3号)

「賃金の口座振込み等について」(局長通達2)(令和4年11月28日基発1128第4号)


しかし、給与のデジタル払い、どれぐらい利用されるんでしょうか?
私もなんちゃらペイはよく利用しますが、個人的には、給与は現金か銀行振込で受け取りたいです。

来日直後の外国人労働者など、銀行口座の開設が難しい人が利用することが想定されているのかもしれません。
が、一時的なものであれば現金払いでもいいでしょうし、私立学校では、デジタル払いはあまり利用されないような気がします。


執筆:弁護士 小國隆輔

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大学非常勤講師の労働者性を否定した事例(東京地判令4・3・28)

たまには弁護士っぽい記事を書こうということで、本日は裁判例の紹介をしてみようと思います。

ご紹介するのは、東京地裁令和4年3月28日判決(労働経済判例速報2498号3頁)で、大学の非常勤講師の労働者性を否定した、珍しい事例です。

一般に、大学の非常勤講師と大学設置者の契約は労働契約とされており、大学の非常勤講師は、労基法上も労契法上も労組法上も、労働者だと考えられています。
大学の非常勤講師については、雇止めなど多数の裁判例が公表されていますが、基本的に労基法・労契法・労組法等の労働法令が適用されることを前提にした内容です。

(一部の国立大学で、非常勤講師との契約を業務委託にして、労基法も労契法も適用しないという恐ろしい運用がされていると聞いたことがありますが…。最近は労働契約に切り替えるところが増えているようです。)


で、本日ご紹介する裁判例。
複数の講師が担当するオムニバス型の授業で、2コマ担当していた講師が、契約を更新してもらえなかったという事案です。
当該講師(原告)は、無期雇用と同視できる状況だった、又は契約更新への合理的期待があったなどとして、労契法19条の要件を充足する旨を主張し、労働契約上の地位を有することの確認を求めていました。

原告の主張に対し、裁判所は、原告は「労働者」じゃないから、そもそも労契法は適用されないと述べて、ばっさりと請求を棄却しました。

少し詳しく見ていきましょう。
労契法が適用される「労働者」は、「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」を指します(労契法2条1項)。
具体的な判断は、事案ごとに諸事情を総合考慮するのですが、本件では次の事情が指摘されています。

 ①授業の具体的な方針や内容が、原告の裁量に委ねられていたこと
 ②外部講師の選定、スケジュール調整、試験の実施・評価、単位認定など
  講義運営の根幹は別の常勤教員が担当していたこと
 ③実際に担当する授業の時間帯と場所が指定されていただけで、出退勤の
  管理を受けていなかったこと
 ④年間収入が約57万円と少額で、社会保険料の徴収がなく、他の外部講師が
  担当する授業を欠席しても委嘱料の減額がされなかったこと
 ⑤職務専念義務が課されず兼業も自由だったこと

このうち、①と③は、大学に限らず、労働者性が争われる事例でよく指摘される事情です。
労働契約の本質は、使用者の指揮命令下で労務を提供することにあるので、業務内容の詳細な指示や時間的・場所的拘束の有無は、重要な考慮要素です。

これに対して、④と⑤は、あまり重要じゃない気がします。
報酬の多寡は労働者か否かの判断と関係ないですし、所定労働時間が短ければ社会保険に加入できないので、社会保険料の徴収がないのは当たり前です。
また、大学教員は兼業可能なことが多いですし、非常勤職で兼業を禁止することはまずないでしょう。

個人的に注目したいのは、②です。
試験の実施・評価、単位認定など、大学に特有の事情が含まれています。
文科省のご見解によると、成績評価や単位認定は、大学設置者と雇用関係にある教員が行わなければなりません。
業務委託の授業担当者に任せると、大学ではなく外部業者が単位を認定することになってしまうからです。
一応、ソースはこちらです↓
大学が当該大学以外の教育施設等と連携協力して授業を実施する際の留意点について

この裁判例でも、原告が単位認定を行ったりしていたら、労働者性を肯定する方向へ傾いたかもしれませんね。


ということで、弁護士っぽいお話はここまでです。

年末になって、友人や同業者から、どこそこへ旅行に行くという話をよく聞くようになりました。
お正月前後には強力な寒波が襲来するそうなので、鉄道の遅延・運休や航空便の欠航・引返しなどが起きないよう、切に切に心からお祈り申し上げる次第です。(他意はありません。本当に。)


執筆:弁護士 小國隆輔

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休職期間中の産休・育休

労務管理の実務に携わっていると、休職と休業の関係について悩むことがあります。

例えば、私傷病で休職中の労働者が、産前産後休業や育児休業を取得したいと申し出てきたら、どうなるでしょうか。
論理的にあり得る考え方は、おそらく3通りです。
 A:本人からの申出によって、産休・育休に切り替わる
 B:休職中に、産休・育休をとることはできない(労務管理的には休職のまま)
 C:休職と産休・育休が重複する

検討のスタートは、休職制度の基礎知識です。
休職制度は、法律に根拠のある制度ではなく、就業規則等で任意に創設される制度でしたよね。

労基法や育児・介護休業法は、労働条件の最低基準を定めるものなので、これらの法律よりも労働者に不利な労働条件を、就業規則等で定めることはできません。
産休・育休は労働者の権利として法律に定められているので、就業規則等に基づく休職を理由に産休・育休をとれなくなるという運用は、労基法や育児・介護休業法より不利な労働条件になってしまいます。

この論点を正面から扱った裁判例は把握していないのですが、こういう細かい議論になると、実務的に頼りになるのは厚生労働省の通達です。
かなり古いものですが、次のようなQ&Aで、厚労省の解釈が示されています。(昭和25年6月16日付け基収第1526号)

 Q [前略]法第65条第1項の休業の請求を行うためには就労していることが
   前提要件とはならない法意と解してよいか。
 A 見解のとおりである[以下略]

Qに記載されている「法第65条第1項の休業」は、産前産後休業のことです。
厚労省も、休職より産休が優先する、と考えているようです。
法律で定められた最低基準の休業という点では、育休も同じと考えるべきでしょう。

ということで、上記のA~Cのうち、Bは不正解ですね。
AとCは、どちらもあり得る運用ですが、Aの方がシンプルで良さそうです。

実務感覚だと、傷病休職によって既に労務提供を免除されているんだから、重ねて休業を認める必要はなかろう、と思いがちです。
うっかり法令違反の運用をしてしまわないよう、注意したいところです。


執筆:弁護士 小國隆輔

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給与2割支給と私学共済加入資格

本日も、傷病休職のお話です。

労働法の世界ではノーワーク・ノーペイが原則なので、傷病休職の期間中は、無給扱いで構いません。
が、私学の実務では、傷病休職期間中も、平常勤務時の2割を支給する取扱いが多く見られます。

これは、私学共済の加入資格との関係で、教職員に不利益がないよう配慮した取扱いです。
昔(平成27年10月より前)は、平常勤務時の2割以上の支給を受けていないと、私学共済の加入資格を失うというルールでした。
そうすると、国民年金・国民健康保険に自分で加入しなければならなかったので、それはさすがにひどかろうということで、2割支給にする私学が多かったということです。

ところが、平成27年10月に、年金一元化に伴って、この2割ルールが撤廃され、休職中に無給扱いでも、常用的な使用関係が認められるときは、加入資格を維持するという取扱いに変わりました。
月報私学2015年4月号の9ページで周知されています。

したがって、今では、無給の傷病休職だというだけで、私学共済から追い出されることはありません。
2割支給することで傷病手当金の受給額が減る(要するに学校法人の負担が増えるだけ)ことにもなるので、給与規程等を改正して2割支給を止める学校法人も増えてきました。

2割支給を無給に変更することは、労働条件の不利益変更に一応当たるのですが、その代わりに傷病手当金を満額受け取れるので、不利益変更が違法又は無効となることはないだろう、と思っています。


執筆:弁護士 小國隆輔

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毎月1日出勤すれば給料は満額支給?

本日は、傷病休職のお話です。
業務上の災害ではないケガや病気(私傷病)で仕事ができないときに、いきなり解雇は酷なので、解雇猶予措置として、一定期間勤務を免除する制度です。

社会保険(私学なら私学共済、公立なら公務員共済)に加入していれば、休職期間中無給となっても、傷病手当金を受け取れることがあります。

傷病休職の制度設計は、就業規則で比較的自由に決めることができます。
学校法人の就業規則では、次のような条文をよく見かけます。

(休職)
第××条 職員が次の各号のいずれかに該当するときは、当該職員の申請により、休職を命じることがある。
(1) 業務外の傷病による欠勤が継続して1か月に達したとき
(2) 略


実はこれ、とっても使いにくい条文で、悪用することもできてしまいます。

まず、この条文だと、傷病休職を命じるためには、「当該職員の申請」が必要です。
どんなに体調が悪くても、大けがをしていようとも、使用者である学校法人の判断だけでは、休職を発令することができません。

休職の発令は人事権の一環ですから、職員本人に決定権があるかのような定め方は、よくないですね。

次に、「欠勤が継続して1か月」という定め方も大問題です。
理由はよくわからないのですが、私学界隈では、傷病休職に至る前の欠勤期間中は、給与カットをしない取扱いが多いです。

そうすると、3週間ほど私傷病で欠勤して、2~3日出勤して、また3週間ほど欠勤して、また2~3日出勤して・・・(以下略)
というやり方で、月に数日の出勤でお給料を満額もらえる、という悪いことができてしまいます。

この他にも、2~3日出勤する代わりに年次有給休暇を取得すると、少なくとも形式的には欠勤を1か月継続したことにならず、やはり悪いことができてしまいそうです。

ということで、私傷病で勤務できない状態であれば、使用者の判断で、すぐに休職を発令できるようにしておくべきと思っています。

例えば、次のような条文がよろしいでしょう。

(休職)
第××条 職員が次の各号のいずれかに該当するときは、休職を命じることがある。
(1) 業務外の傷病により、勤務することができないとき
(2) 略

なんというか、シンプルな条文ですね。
何事も、シンプル・イズ・ベストということです。

長くなってしまったので、傷病休職については、別の記事でもう少し書いてみようと思います。


執筆:弁護士 小國隆輔

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起訴休職とは何でしょう

本日は、休職制度のお話です。

労基法などの法令に定められた制度ではないのですが、正社員の就業規則では、ほぼ例外なく、休職に関する条文が置かれています。
特に多いのは、業務外の傷病で勤務できない場合の休職(傷病休職)と、刑事事件で訴追された場合の休職(起訴休職)です。

傷病休職はとても論点が多いので、とりあえず起訴休職から見ていきましょう。

典型的な就業規則の条文は、次のようなものです。

 第〇〇条 職員が次の各号の一に該当するときは、休職を命じることがある。
  ⑴ 刑事事件により起訴されたとき
  ⑵ 略

犯罪の嫌疑を受けて刑事裁判になった者を職務に従事させることは適切でない、あるいは勾留されていて出勤できないということで、刑事裁判が終わるまでの間、職務を免じて出勤を禁止する、というものです。
労働法の世界では、ノーワーク・ノーペイが原則なので、起訴休職の期間中は無給とすることが多いようです。

ところで、刑事裁判になる前には、必ず警察・検察による捜査が行われます。
捜査の過程で、逮捕・勾留されると、当然ながら出勤することができなくなります。
起訴された後は起訴休職にすればいいのですが、起訴前の逮捕・勾留で出勤できない人の勤怠はどうしたらいいのでしょう。

留置場での面会などで本人の意向を確認できるなら、年次有給休暇で処理することも可能です。
が、本人と話ができない場合や、年休を使い切っている場合には、この処理ができません。
そうすると、起訴又は釈放されるまでの間、欠勤とせざるを得ません。

個人的には、起訴休職の要件を、「刑事事件により起訴されたとき」より広くして、「刑事事件により逮捕、勾留又は起訴されたとき」とした方がいいのではないか、と思っています。
この条文なら、逮捕されたらすぐに休職を発令できるので、勤怠で悩むことがなくなります。

逮捕・勾留で年休を使い切ってしまうと、本人としても悲しいでしょうし(人違いなどの誤認逮捕の場合は、特にかわいそうです)、何かのついでがあれば、起訴休職の条文の変更を検討してもいいんじゃないかな、と思います。


執筆:弁護士 小國隆輔

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年5日の年休取得義務のあれこれ

働き方改革法で導入された年5日の年休取得義務、細かいルールが多いので、今でもご相談をよく受けます。

FAQということで、当事務所によく寄せられるご相談を紹介します。

Q1.年5日の年休取得義務は、非正規雇用も含めて、全教職員が対象になる?
A.その年に、10日以上の年休を付与された教職員が対象です。
 非常勤の職種だと、年休の日数が10日未満のこともあるので(労基法施行規則
 24条の3第3項参照)、その場合は対象外です。

Q2.「年5日」とは、4月1日~3月31日の間に5日取得させよ、ということ?
 それとも、1月1日~12月31日の間とういうこと?
A.その人が、その年の分の年休を付与された日から1年以内、という意味です。
 例えば、4月採用で10月1日に10日の年休をもらった人であれば、翌年9月30日
 までに最低5日は消化してもらわないといけません。

Q3.使用者による時季指定をするときに、気を付けることはある?
A.本人の意向を聴取して、その意向を尊重するように努めなければ
 なりません(労基法施行規則24条の6)。ただ、そこまでするのであれば、
 本人から年休申請をさせて、労働者による時季指定とした方が良いでしょう。

Q4.使用者による時季指定をした後、年休日を変更することはできる?
A.労働者による時季指定の場合と異なり、使用者の時季変更権はありません。
 厚労省の通達では、再度本人の意向を聴取して、その意向を尊重して年休日を
 再指定(=変更)することは可能とされています。このあたりの取扱いが
 ややこしくて面倒なので、Q3に書いたとおり、労働者による時季指定の方が
 おすすめです。

Q5.労働者による時季指定や計画年休で3日消化した人がいれば、
 使用者による時季指定ができるのは、あと2日という理解でよい?
A.そのとおりです。

Q6.労働者による時季指定や計画年休で5日以上消化した人がいれば、
 使用者による時季指定はできないという理解でよい?
A.そのとおりです。

Q7.年休を使い切った人が、体調不良などで休みたいと言ってきたら、
 どうしたらいいでしょう?
A.欠勤扱いです。法律上は、欠勤日の分の給与を支払う必要はないのですが、
 実際に給与をカットするかどうかは、就業規則や給与規程を確認してください。

Q8.年休を使いたがらない者がいるので、使用者による時季指定をしたの
 ですが、年休日に出勤してきたら、どうしたらいいでしょう?
A.帰らせてください。

Q9.労使協定による計画年休制度を利用しているのですが、年休日に出勤
 してきたら、どうしたらいいでしょう?
A.帰らせてください。

Q10.自分で指定した年休日に出勤してきた者がいたら、どうしたらいい
 でしょう?
A.帰らせてください。


ざっと思いつくのはこんなところですかね・・・
折を見て、年休の時季指定以外にも、FAQを作っていこうと思います。


執筆:弁護士 小國隆輔

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電通事件(東京簡裁H29.10.6判決)

前回の記事で某大手広告代理店(電通)の刑事裁判に言及したので、東京簡易裁判所平成29年10月6日判決を、簡単に紹介しておこうと思います。
若手の従業員が長時間労働の結果自死に至ったことをきっかけに、違法な長時間労働が明るみに出た事案です。

刑事裁判で問題とされたのは、労基法32条1項違反の罪です。
法定刑が罰金刑だけなので、地方裁判所ではなく、簡易裁判所が扱う案件です(裁判所法33条1項2号)。

同種事案では、正式な刑事裁判ではなく略式手続きで罰金刑を科すことも多いのですが、社会的な影響の大きさからか、あえて正式な刑事裁判が行われた、やや珍しい事例でもあります。


さて、この判決で認定された労基法違反の内容は、次のようなものです。

 ◇ 36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)を、過半数組合ではない
   労働組合と締結していた。つまり36協定は無効。
 ◇ 36協定が有効だと誤信して、複数の管理職が、部下に法定労働時間を超える
   労働をさせていた。
 ◇ 時間外労働の時間は、36協定に定めた上限(1か月50時間)すら超えていた。

刑罰を科す根拠となったのは、1日8時間・1週40時間の法定労働時間を定める労基法32条1項違反です。
同条違反には、1罪ごとに30万円以下の罰金が定められており(労基法119条1号)、従業者が労基法違反をしたときは、事業主にも刑罰を科すこととされています(労基法121条)。

裁判所は、従業員が自死に至ったことなどの事案の重大性や、労基署の是正勧告を受けても形式的な対応に終始したことなどの悪質性を指摘して、罰金50万円としました。

人が亡くなっているのに罰金50万円で済むのか…、という感想があるかもしれません。
難しいところですが、労基法違反で罰することができるのは、あくまで、有効な36協定がないのに法定労働時間を超えて労働させたという点だけです。
どれほど社会に影響のあった事案でも、法律に定められていない刑罰を科すことはできない、ということですね(この考え方を、罪刑法定主義といいます)。


ところで、判決では、過半数組合でない労働組合と36協定を締結していた、だから36協定は無効だ、という判断がされています。

過半数組合がなければ、労使協定は過半数代表者と締結しなければならないことは、労務管理の基本なのですが……。
日本を代表する大企業で、いまだにこのような労務管理がされていたことは、少し驚きです。

私立学校でも、主に専任教職員が加入する労働組合と労使協定を締結していることがありますが、その労働組合が過半数組合かどうか、一度確認しておく方がよいかもしれません。


執筆:弁護士 小國隆輔

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事務所紹介
名称    :弁護士法人小國法律事務所
事務所HP:http://www.oguni-law.jp/
大阪弁護士会所属
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